梯 實圓和上 勧学谷建碑法要に参拝
京都五条坂にある大谷本廟の奥に勧学谷といって、本願寺の勧学さんだけの顕彰碑の区画があります。その区画にこの度梯實圓和上の顕彰碑が建立され、私もお参りさせていただきました。建碑法要の前に無量寿堂で記念法要が勤まりました。全国各地からご縁のある方々がお参りされ、厳かに且つ和やかに勤められました。
平成二十六年の梯和上のご葬儀の折に、和上を師と仰いでおられた天岸浄圓住職が御法話の際、「この度のご往生、おめでとうございます」とおっしゃたこと、一般的には少し理解しがたいことかもしれませんが、それを口にすることが出来、又受け止めることが出来る強い絆と信仰心のたまものと聞き入ったことです。
この度の法要読経のあと、梯和上の奥様がご挨拶にたたれ、その時の天岸先生のお言葉を受けて「みなさん私が亡くなったときは、必ず往生おめでとうございますと言って下さい!。その時までは今しばらくお念仏を称えながら日暮らしさせていただきます。」とご挨拶されました。
長年培われた深い信仰心が、さりげないお言葉の中に、強く、ありがたく私どもに響いたことでした。
(2016年4月4日)
梯 實圓和上 梯 實圓和上書
2008年5月5日 西恩寺降誕会・寺号額除幕式 西恩寺寺号額
記念法話をいただいた時の懐かしいお姿です。
悪いことはするな! 誰が見て無くても、仏様は見てるからね!
私は子どもの頃、親からよく「悪いことは、するなよ! 誰が見て無くても、仏様は見てるからね」と言って育てられました。親の自慢をするわけではありませんが、大切なことを教えてくれたと感謝しています。 誰が見ていなくても仏様はすべて見ていて下さる。だから悪いことはするな! 良いことはしなさい!という簡単な教えです。 しかしこれがなかなか難しい。誰も見ていなければ、誰も気付かなければ、大丈夫だろうと勝手に決め込んで悪いことをしてしまうのが人間の本性かもしれません。 中には法律さえ犯さなければ何をしても良いと思いこんだり、証拠がないから無実だと主張し始める始末です。実に情けないことです。 仏様の教えを聞くと言うことは、誰も見ていなければ、ずるいことをしてしまうかもしれないこの私が、「いやいや、仏様は知っておられる。」と気づかされながら、一歩一歩着実に真っ当に歩んで行けることでしょう。 そして、そのことを、子どもたちに、伝えたいと思うことです。 (2007年6月27日 )
苦悩のなかで =仏教を読む・上山大峻=抜粋
私たちは、いつまでも若々しく健康で、幸せな人生を送りたいと思っています。そのために健康に気を付け、お金も蓄え、子供にも勉強させて、安定した将来のために努力しています。しかし、時として予期せぬ事が突然起こったり、思い通りに行かないことに涙することもあります。 また、平和の願いに反して争いは絶えません。一番心やすまるはずの我が家の中でさえ、家族が反目しあっていることもあります。そして気がつくと、自分自身が「わしが、わしが」という我執にとらわれ、戻ることの出来ない老・病の道を歩んでおり、最後には例外なく死の淵に沈んで行かねばなりません。ところが私たちはそのような厭な現実を私のこととして認めたくないあまり、できるだけ眼をそらそうとしています。その為に、真剣に考えることもなく、空しくこのかけがえのない一生を終わってしまいます。 この現実に気づいた若きゴータマ(釈尊)は、シャカ族の王子の地位をすてて、この問題の解決にとりくみました。老・病・死の根本苦があるかぎり、どんなに目先の楽しみを追い求めても、結局幸せにはなれないという結論に達したからです。 一般に宗教では、「神のことば」であることを根拠にして真理であるか否かを判断し、それに従うことが信仰だとみなされています。当時、インドにもそのような宗教的権威がありました。しかし、釈尊は、そのような権威によって真理を決定したり、神の思し召しに任せるという立場を取られませんでした。私たちが眼をそらしている苦の現実に向きなおり、避けていたがゆえに見いだせなかった苦の正体を自らの眼ではっきり見つめられたのでした。そして、苦の本当の原因はどこにあるのか。その原因はどうして取り除けば良いのか。一切の先入観をとりさっての事実の冷静な観察の繰り返しのすえ、ついにその答えを見いだされたのでした。 こうした「諦観(たいかん)=明らかに観る」とか、「如実知見(にょじつちけん)=事実をそのままに見る」とか言われる現実直視の姿勢は釈尊の思索の根底に一貫して流れているもので、それこそ仏教を成り立たせている基本的な考え方です。他の多くの宗教が真理は神から啓示されたもので、人間の方から見れず近寄れないものであるとするのと全く違った仏教の特質として注目しなければなりません。 つづく (2005年8月28日)